数々の人気番組を担当し、手がけたイベントも大成功を収めるなど、ラジオ業界で確固たるキャリアを築き上げてきた石井玄さん。順風満帆とも言えるタイミングだった2024年、突如として「株式会社玄石(GENSEKI)」を設立し、独立の道を選びました。
ディレクター/プロデューサーとして第一線で活躍し続ける石井さんですが、かつては膨大な仕事を一人で抱え込み、限界を迎えたこともあったと言います。そこからたどり着いたのが、今年9月に刊行された著書のタイトルでもある『「自分でやらない」ほうがうまくいく 信頼されている人だけが知っている7つのルール』(PHP研究所)という逆転の仕事術でした。
会社の看板を手放したリアルな心境や、プロとしてのギャラ交渉術、若手を活かしてチームで成果を出すマネジメントの極意、そして、ポッドキャストといった音声メディアの未来まで、石井さんが独立して見つけた「仕事の流儀」をたっぷりと伺いました。

1986年、埼玉県生まれ。2011年、株式会社サウンドマンに入社。『オードリーのオールナイトニッポン』、『三四郎のオールナイトニッポン0(ZERO)』、『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』などにディレクターとして携わり、『オールナイトニッポン』全体のチーフディレクターを務めた。
2020年、株式会社ニッポン放送に入社。〈東京03 FROLIC A HOLIC feat. Creepy Nuts in 日本武道館〉、〈オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム〉などのプロデュースを担当。プロデュースした『あの夜を覚えてる』が〈2022 62nd ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS〉ACCグランプリ、Amazonオーディブル『佐藤と若林の3600』が〈第4回 JAPAN PODCAST AWARDS〉大賞を受賞。
2024年、株式会社玄石を設立。現在は『鳥羽周作のうまいはなし』、『林士平のイナズマフラッシュ』、『岸田奈美のおばんそわ』、『井上咲楽のキャベツは踊った』、『LINEヤフーのホントのところ』、『ニディガラジオ』、『前田裕太のモクテルムムリク』など、20番組以上のポッドキャストを制作し、東海オンエアや令和ロマンの単独イベントにも携わるなど、さまざまな企画を進行中。第52回放送文化基金賞ラジオ部門審査委員。MTV番組審議委員。著書には『アフタートーク』、『正解のない道の進み方』(ともにKADOKAWA)がある。
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大成功の直後、「ゼロ」になりたかった

改めて独立された理由、その直接のきっかけがあれば教えてください。
2024年2月に開催された〈オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム〉をプロデュースしたんですけど、会社に辞めると伝えたのは、その開催を発表した2023年3月の生放送の翌々日の月曜日だったと思います。
「1年後に東京ドームでイベントをやる」となった時、終わった後どうなるんだろうと考えたんです。大成功するつもりでいたので、社内で「東京ドームライブをやった人間」として闊歩しているであろう自分が、すごく嫌だなと(笑)。後輩たちも“あの石井さんだ”みたいになるだろうし、その環境で自分に成長があるのかが疑問でした。
別の部署に行こうにも、クリエイティブな部署はない。ラジオ局でまた大きなことをやるには3~4年はかかるし、それを待つほど若くもない。辞めたらリセットされるので、そっちの方が楽しそうだなという発想でしたね。
誰かに相談などは?
誰にもしなかったですね。自分の中で決まっていて、上司に言ったのが初めてです。家族には言いましたけど、相談ではないです。
フリーになるにあたって、勝算のようなものはあったんでしょうか。
勝算は考えてなかったんです。何もなくなることにワクワクしていたので。ゼロにしたいというか。ポッドキャスト2本はニッポン放送時代の仕事を続けられるので、食えることは食えるけど収入は減るだろうなと。でもスケジュールがまっさらになるのが楽しみで、テンションは超高かったです。
東京ドームが終わって、普通は燃え尽きるんですけど、”これから面白くなってきたな”というテンションで辞めました。初日は何も予定がないから、インスタライブで”仕事ください”という配信をやってみて、今振り返ると、あの日が一番楽しかったですね。
「会社という看板」がなくなることを不安に思ったりは?
全くなかったです。制作会社にいた頃から、会社を通してもらう仕事に価値はないと思って仕事をしていたので。
自分にしかなし得ないことをやりたい、そうじゃなきゃ生きてる意味ないでしょう、みたいなテンションだったから、看板はむしろ邪魔ぐらいで。もちろん会社にいたからできたことはたくさんありますけど、やり尽くした感覚もありました。
なるほど。退社までの約1年という期間で何か独立にあたっての準備はされましたか。
会社からみんなのモチベーションが下がるから言うなと言われたし、僕もそうだと思いました。だから外にも言えず、営業活動もできない。しかもドームの前に『あの夜であえたら』という大掛かりなドラマ企画がすごく大変なのもあって、シンプルにめちゃくちゃ忙しくて、準備もできませんでした。ドームが終わった後、許可をもらって、会社の設立だけ準備して、4月1日に立ち上げました。だから、何もしてないですね。
でもそれが逆に、終わった後の“おっ、何もない”というテンションにつながりました。話すたびに変だと言われますけど、自分の中では筋が通っているので、もう一回やりたいくらい(笑)。
会社にいる間に“やっておけばよかった”と今になって思うことはあるのでしょうか。
もっと赤字になるような利益度外視な企画を最後に出しておけばよかったかな、とは思います。ドームで大きな利益が出ていたので、次がポシャっても許してもらえるなという余裕があって辞めた部分もあるんです。その利益を使ってラジオ業界全体が盛り上がる企画ができたら面白かったですけどね。
実際に独立して、予想外だったことは?
いろんな方からお声がけをいただいたんですが、その多くがリスナーだったこと。意外なほど“リスナーにとても好かれているな”と(笑)。パーソナリティの方が語ってくださる「石井玄」は、「虚構」なので、実際に仕事をして、がっかりされないよう頑張る。“やっぱりちゃんと仕事するんですね”と思ってもらう作業は楽しかったです。
もう一つは、問い合わせフォームに地方局の方から”なんとかならないですか”という切実な声が届いたこと。ドームをやって、ラジオは全盛期だ、もう大丈夫だと一安心して辞めたのに、”全然ダメです”という声が集まってきて、どこが全盛期なんだよ、と。ラジオ業界をなんとかしたいというモチベーションは、辞めた後にますます強くなりました。
「1再生」の重みが違う。ポッドキャストの現在地と音声メディアの未来

今の音声メディアの現状をどう分析されていますか。
6年ぐらい前にポッドキャストブームが来ると言われて、2年ぐらいで収束しました。その頃、業界の仲間と話して、聞く人を増やす努力はもう限界だと。それなら“聞いてください”ではなく“やってください”に言い方を変えようとなったんです。
発信力のある方が1、2年前から始めてくれて、聞く人も増えて、成長曲線がぐっと伸びました。リスナー数はまだ急上昇ではないですが、番組数はすごい数に増えました。“ポッドキャストをやりたい”とうちの会社に来るオファーも多くなってきましたし、この1年で流れが変わったと感じます。
なぜ今、これほどまでにポッドキャストが求められているとお考えですか。
ショート動画が隆盛な一方で、それでは面白くないと思う人が現れて、AIが出てきて人間の価値は何だろうと考え始めた。広告の方や経営者がポッドキャストを始めた理由の一つでもあります。長く話すことや、それを聞くことに価値があるよね、という価値観の転換が起きている気がします。
実際、喋っていると楽しいしストレス発散になると、みんな言うんです。ラジオ局時代のパーソナリティの方たちもそうでした。喋るって原始的に楽しい行為なんですよね。AI相手に喋っているだけでは人間は満足できないと、みんな気づき始めているのだと思います。“流行ってるからやってる”人が増えるのもありがたいです。そういう人が乗ってくれないとメディアは広がらないので。
以前、SNSで”ポッドキャストは一人でもリスナーがいれば成功”と書かれていましたね。
SNSやYouTubeの流れで、みんな再生数やインプレッションで判断しちゃう。ポッドキャストは始めたら再生数が1桁、2桁も普通で、それでやめてしまう人が多発している。でも、考えてみてほしいのは“あなたの話を30分黙って聞いてくれる人が地球上に何人いるんですか”ということ。
家族でもそういないじゃないですか。友達4人で食事に行ったら、2時間のうち30分喋れればいい方ですよね。それを一方的に聞いてくれる人がいるのは、ものすごい価値ですよ、と。ショート動画の1再生とは全く違う。
ラジオでも昔から僕は、“一人リスナーがいるなら続けた方がいい”と上のプロデューサーに言って”何言ってんだ、お前”と言われました(笑)。広告ビジネスとしては終わっていても、聞いている人のために続ける価値はあると今も本気で思っています。“伸びなくていいです”ということは、事あるごとに発信しないと、みんなすぐやめてしまうので。
とはいえ現実的な問題として、現在のポッドキャストの収益構造はどうなっているのでしょうか。
そもそもポッドキャストは0円でできるメディアというのがベースにあります。今はまだ再生数で広告をつけようとしていて、伸びきっていないので広告がつけづらい。
一番効果的だと言われているのは、メンバーシップやファンクラブでリスナーから課金してもらい、グッズやイベントにつなげる形、あるいは番組自体を応援するスポンサーについてもらう形です。大儲けできる構造にはまだなっていないので、うちの会社は“払える金額の中でやれることをやります”というスタンスで、ノーギャラでやっているものは一つもありません。
今後は、1再生の価値がショート動画とは違うとデータで証明できれば、広告も変わると思います。40分全部聞いた人と、ちょっと再生しただけで「1」になる数字を、代理店が同じ数として売っているのはおかしい、と。業界内でその話を始めているところです。実現したらうちも大儲けできるはず(笑)。
以前の著書では“バズってはいけない”とも書かれていました。
1万人のフォロワーがいるポッドキャストと100人の生配信で、同じ商品を紹介しても買う人数はあまり変わらない、というデータがあるんです。キーワードは「オーセンティシティ」。“本物である”という信頼性です。
情報があまりに嘘だらけで、人は“これは本当か嘘か”と考えること自体に疲れている。だから、この人の言うことは正しいと思える人を一人見つけられたら、こんなに楽なことはないんです。
1時間話を聞けば、この人は信頼できるかもと思える。ポッドキャストはそれと相性がいいんです。ラジオショッピングでパーソナリティが紹介すると売れるのと同じ構造で、その力は信じています。
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