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「心霊を求める」人の心理とは?

噓と勘違いって、具体的にはどういうことでしょう?
例えば、血まみれの女が追いかけてきたとか、首なしライダーの話とか、心霊スポットの定番ネタですけど、あまりにも同じ話が多すぎるんです。浦島太郎の伝説が全国どこにでもあるのと同じで、結局、人間って本当のことなんかどうでもいいんですよね。
それよりも怖がって、面白がって、盛り上がれることのほうが重要で、たまたま聞いた話を自分の町の話に勝手に置き換えてるだけ。本当なのは最初に起きた1件だけで、嘘や噂で広がっていった話のほうが圧倒的に多いのに、それを信じて広めちゃう人間社会の仕組みのほうに、今は興味があるんですよね。それこそ平安時代、江戸時代とかにつかれた適当な噓が今でもずっと残っているという、そっちのほうが不思議じゃないですか。
だから、一番理不尽なものは人の心なのかもしれない。幽霊って、自分の心で何とかできるような気がするんですけど、他人の心というのはどうしようもできないですから。
心霊だとか死にまつわることを通して、今後は人の心の不思議みたいなものを解き明かしていきたいのかもしれないですね。『恐い日常』にも「僕は恐怖を求めていた当初の目的を忘れ、心霊全般から、人間を探る個人的な好奇心へと舵をきってしまった」と書かれていましたし。
人に求められる心霊自体よりも、そういった何か恐ろしい現象として心霊を求める人の心理だったり、求める理由のほうに興味が向いたところはありますね。それで僕の旅も、心霊スポットを回る“恐い旅”から、死にまつわる場所をめぐる“死の旅”へとシフトしていったんです。
人間って“死”にめっちゃ恐怖を抱いてるじゃないですか。だから地獄に落ちないように徳を積もうとか、八十八ケ所巡って願い事を叶えようとか、いろんな対策を考えていて、それが石仏とかになって残っていたりするのが面白いなと思ったんです。

それプラス、実際に高齢のおじいちゃんおばあちゃんとかに話を聞くと、本当にネガティブなことを言わないんですよ。あと数年で死ぬのがわかっているから、めっちゃ今を楽しもうとしてる。ゲートボールしたり、踊りを習ったり、ウチの親父も1万人で第九を歌うっていうイベントに毎年参加してますからね。少なくとも元気なご高齢の方たちというのは、死ぬまで“楽しむ”に振り切ってはんなっていうのがあって、そこに生きる知恵みたいなものを感じたんです。
いろんな人が言ってることだとは思うんですけど、要は“メメント・モリ”みたいなことですね。自分の場合は、事故物件でそれを感じたんです。
それで「事故物件がもたらす恐怖というのは要するに死への恐怖であって、その逃れられない死を前にすることが自分の人生をよりよく生きることにつながる」と、事故物件に住むことのメリットについて書かれていたんですね。そんな心境に至るまでの、この13年の変遷をまとめたものが今回の『恐い日常』であるようにも感じるんですよ。ある意味、集大成というか。
その通りです。結局、自分でも自分が何やっているのか、ちょっとわからなくなってきたんですよ。どうして自分は事故物件をこんなに借りているのか、どういう理由で心霊スポットに行って、今度は死にまつわる場所ばかりに行くようになったのか。
それを後からまとめて知る作業というのを、本の執筆を通してやっていきたかったんですよね。結果『恐い日常』は事故物件とは何なのか?というのがわかりやすく書かれた“トリセツ”みたいな本になっていますので、勝手ながら読みやすいと思ってます。
この『恐い日常』を書き切ったことで、なんだか全部出し切った感じもあって。今後のプランが何も無いのが、逆に、すごく楽しみです。“この先どうしよう?”っていう恐怖は、言ってみれば新たな敵なので。知らないことを知りたい僕にとっては、新たな戦うべき相手が見つかった!みたいな感覚です。
「怖い」と「恐い」の使い分け

事故物件に住み始めた当初の心境について「僕の心理には恐怖を克服したい願望があった」とも書かれていましたが、知らないことを知りたかったり、問題を克服したがったりと、普通は避けてしまうものに自ら飛び込んでいく精神の源って何なんでしょう?
怖がりだからじゃないでしょうかね。僕、心配性が行き過ぎているところがあって、ゲームソフトの『ドラゴンクエスト』って『3』以降はセーブ機能がついてるんですけど、『2』は復活の呪文しかなかったんですよ。だから、出てきた呪文の文字をいっぱい書き写して、本当にそれが合ってるのかを一回電源落として確かめてからじゃないと眠れなかったんです。
それで間違ってたらおしまいなのに、次、続きをプレイするときにパスワードが間違っていたら嫌だから、今、書き写したコレが合ってるのかどうか確かめてから終わりたかった。そういう未来の恐怖を回避するために、今の恐怖を先に終わらすみたいなところがあるんですね。
なるほど! 怖がりだからこそ、恐怖を感じたら逃げるのではなく、それを乗り越えることで恐怖を消滅させたくなるんですね。
はい。“怖い”っていう気持ちが、ずーっとあるのが嫌なんですよ。嫌なことは早く終わらせたいから、自分が関わらざるを得ない領域での恐怖は逃げるよりも乗り越えたほうが楽。自分で解決できるところは逃げないようにしないと、ずっと後ろめたさが残るんです。
では“この先どうしよう?”という恐怖は、どうやって乗り越えていきます?
そこは、ずっと“どうしようかな”と思いつつ、今も書店回りに行かせてもらっていて。書店回りで面白い物件に出会えたりすることもあるので、何かポーンと見つかればいいんですけど。
“この先”の新しい活動で言うと、先ごろCS日テレで放送開始した『松原タニシと超特急ユーキのいきなりホラー旅』は、どんな経緯でスタートしたんでしょう?
『ホラー旅』自体は、6年前に女性アイドルの方と一度やってるんですよ。で、CS日テレさんが“いつか別の形で続きをやりたいですね”って言ってくださっていて、今回なぜかユーキさんがオファーを受けてくれたという。
ユーキさん、めちゃめちゃ怖がりなんですよ。芸歴も長くてロケ慣れもしているのに怖いのだけは慣れてない、しかも怖がりの方なんで、良い感じの空気感があるんですよね。本当に怖がってはいるけれど、タレントとして番組に必要なものをわかってくださっているから、絶妙な塩梅で面白く成立させてくれているんです。
え? 番組紹介を見ると「心霊スポットでも廃墟でもない、ごく普通の旅行」とありますが……。
そもそも僕が心霊スポットに行きすぎて、普通のロケがしたいというところから始まった番組ではあるんですけど、やっぱり番組的には“タニシを使うんだったらホラーなところに行きたい”というのがあって。だから、最初はちゃんと観光してるのに、ゲスト怪談師みたいなのが途中に登場して、結局怖いところに連れて行かれて僕は“またかよ”になる。で、ユーキさんはマジで嫌がってるっていう変な番組です。

そんなふうに誰かが「怖い」と言う現象も、松原さんにとっては単なる日常で、まったく“怖い”ものではないと。
そうです。大したことされないですし、ラップ音とか全然気にならない。ホラー映画やったら、それだけでもめっちゃ怖く見せるだろうけど、実際は“ずっと鳴ってるなぁ、別に誰もおらんし、まぁ、ええか”にしかなりませんよ。
“最近鳴ってないな、成仏したのかな”とか。
そうそう。それが幽霊だったとしても、元は同じ人間ですから。何も怖くないってことを、僕は事故物件に住むようになって学んだので。そんな日常を、この『恐い日常』には、そのまま書いてます。
怖くはないけれど“恐い”日常ではあるという、この“怖い”と“恐い”の使い分けに対する独自の解釈も、あとがきに書かれていて“なるほど!”と納得しました。
ありがとうございます。いつか書きたかったんですよね。一般的に怖いと捉えられている客観的な恐怖を“恐い”、その人自身が感覚的に怖いものと感じている個人的な恐怖を“怖い”という基準で使い分けていることを。やっぱり字面的には“恐い”のほうが怖いんですよね。きっと恐山のイメージが強いんでしょうけど。

そういえば、他人の遺骨を背負って恐山に行ったとき、恐山のお坊さんたちが集まってきて、宿坊みたいなところに連れて行かれたんですよ。そこで“以前、恐山でドローンを飛ばしていたのは、あなたですね”って怒られて!
たぶん背負ってた遺骨が四角くてデカかったからドローンと勘違いされたのと、一緒にニコ生のディレクターもついてきてパシャパシャ写真撮ってたから、きっとYouTuberやって思われたんやろうなって。最終的に“絶対に撮影とかしないでください。あなたたちのような人たちのおかげで迷惑してるんです!”って、むちゃくちゃ怒られた思い出があります。
遺骨を背負って恐山に行ったエピソードは、7月に発売された『冥途探訪記 死の旅』で書かれていますよね。
この『死の旅』と、その前の5月に出た『異界探訪記 恐い旅』は、以前出した書籍に加筆して文庫化したものなんですけど、この2冊を読んでいただくと今回の『恐い日常』に至るまでの経緯が見えてくると思うので、もし興味を持たれたら、ぜひ。そして最終的に『事故物件怪談 恐い間取り』も読んでもらえたら嬉しいですね。
最後の質問です。松原さんは、幽霊って信じますか?
信じます。この目で見たことはないですけど、幽霊の仕業かもしれない体験はたくさんしていますし。
蜂って死ぬ場所にフェロモンを残すらしくて、それを生きてる仲間が嗅いだときに“あ、ここで何かあったんや”って危険を察知するらしいんです。人間も死んだときに何か出してて、それを生きてる人間が幽霊として感じてるんちゃうかなと思うんですよね。
だから事故現場には幽霊が出がちなのかもしれないし、そのフェロモンが意志を持っていてもいいんじゃないかなと。実は科学的な現象なんだけど、それが人には幽霊にも見えるし、何かしらの現象を起こすこともあるかもしれない。そう考えたら、幽霊っているんじゃないかなっていう気がします。

撮影/須合知也(@tomoyasugo)
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