FREENANCE MAG

フリーランスを応援するメディア「フリーナンスマグ」

R-1グランプリ決勝進出を果たし、社会人15年目にして“コントができるフリーランス”へ。お笑い芸人・どくさいスイッチ企画が目指すパラレルキャリア

R-1グランプリ決勝進出を果たし、社会人15年目にして“コントができるフリーランス”へ。お笑い芸人・どくさいスイッチ企画が目指すパラレルキャリア

コロナ禍で迎えた転機

既にある形をなぞるよりは、自分で作り替える、アレンジするのが得意だったんでしょうね。

そうですね。なので、このまま趣味で社会人落語をやっていくだけの人になるんだろう……と思っていたら、コロナで寄席が全部中止になったんですよ! もう人前に出られない、 趣味がなくなってしまう、ヤバい!となったタイミングで、大阪の「舞台袖」というお笑い応援BARが社会人とか学生だけが出られるお笑いライブを始めたんです。僕、もともと舞台袖の客だったので「お笑いやってはったんなら出ませんか?」と言われて、落語ができない間のほんの繋ぎのつもりでライブに出始めたんですね。そしたらライブのトーナメントで優勝したりとか意外と評判が良くて、コロナ中はずっと「舞台袖」に出てました。

で、社会人でお笑いをやってる人って関西には結構いて、その人たちが普通にM-1とかキングオブコントとかの賞レースに出て1回戦突破したりとかされていたんですね。じゃあ、自分も出てみるかと、2022年からまたR-1に出始めたんです。僕、社会人落語の大会でも26歳のときに優勝していて、もう優勝するところがなかったんですよ。だから、もっとデカい大会があれば、そこで優勝することをモチベーションにしようって考えていたんですね。

2022年と2023年は準々決勝進出、そして2024年は見事に決勝進出されましたが、今年は予選を大阪ではなく東京で受けたりと、かなり戦略的に臨まれたそうですね。

2回出てみて、前と同じやり方でやったらダメだろうと、全部変えたらハマったんです。もちろん、客観的に見ればアマチュアが決勝に行けるわけがないというのもわかっていたから、決勝進出が決まったときはすごく泣いたし、今回の4位という結果には一応満足はしてるんですけど……でも、やっぱり悔しいです。

そもそも落語のときから、優勝しないつもりで大会に出るのは失礼だと思っているんですよ。いろんな人に言っているのが、1回戦突破するつもりで大会に出ちゃダメで、自分が出せる力を可能な限り出さなきゃいけないってこと。だって1回戦突破して満足しちゃったら、2回戦でもう終わりじゃないですか。だから2022年、23年と準々決勝で落ちたときは、本当に悔しかったです。優勝して、会社辞めるつもりで出てたから。

それでも今年は史上初のアマチュア芸人が決勝進出ということでかなり話題になりましたが、そんなにプロとアマチュアって差があるものなんですか? 面白ければプロもアマも関係ないような気がするんですが。

いや、これまでは本当に差があったんです。今は学生お笑いが人気で、学生の方がM-1の準々決勝まで行ったりもしてますけど、2022年のR-1グランプリは準々決勝の時点でアマチュアが3人しかいなかったんですよ。真剣にやってるアマチュアの人数がまだそんなにいなかったし、M-1でも決勝に進出したアマチュアは、十数年前の変ホ長調さんの1組だけですからね。

実際ライブに出るようになって、その差はより感じるようになりました。ネタの仕上げ方とか盛り上げ方だけなら、今日のライブで一番受けたな!っていう手ごたえがあることも結構あるんです。でも、いわゆる平場――その後々のコーナーとか、おしゃべりとかを含めたトータルで見ると、もう全然敵わないんですよ。人間としての面白さが全然下で、コンテンツとしての能力が低い。だから、自分が行ける世界ではないと思っていたし、相方がいるならまだしも1人で平場に突入していくのは、ちょっと考えられなかったんです。母にも「お笑い芸人はすごすぎるから、あなたには無理」と言われてましたから。ウチの家、すごくお笑い好きだったんですよね。

逆に、コンビを組むことは考えなかったんでしょうか?

いや、1人でやらないと無理ですね! 僕、本当に協調性がなくて、人を待つことができないんです。例えば台本を書いて提供して、あとはどうぞご自由に……なら問題ないけれど、その先に関わると直す過程とかで必ず揉めるんですよ。「いや、俺はこう思う」って言われたことに、10倍にして返したりしちゃう。他人との共同作業ができないから1人でやるという形に落ち着いたわけで、もし落語をやってなかったら普通にコンビを組んで失敗していたでしょうね。

だから、ネタで勝負するR-1ならチャンスがあると思ったんです。人間としての面白さをトータルで見せる競技ではなく、面白いネタが2本あったら優勝できるかもしれないと考えたら、それは不可能じゃないだろうなと。

“折り合い”のつけかた

お話をうかがっていると、いわゆるアーティスト気質なんでしょうね。

それを言っちゃダメですよ! 会社員を14年やってから「僕はアーティスト気質なんです」は通用しない。そこで折り合いをつけてみんな生活しているんだから、折り合いをつけられなかったことを誇ってはいけないんです。それで最悪の結果になった事例をいくつも見ているので、そうはなりたくないんですよね。折り合いがつけられなくても、結果としてムチャクチャ面白い作品が残るんならいいですよ。でも、そこまでの自信は持てないので。

いや、決勝で披露された「ツチノコ発見者の一生」も本当に面白くて、私、声をあげて笑ってしまいましたよ。それに、そこで4位という結果を得た――つまり能力を認められたことが、結果的に上京という決断にもつながったのでは?

認められたというのは大きいですね。コントについては今まで身内の戦いで優勝したくらいだったので、ここまで公に認められる成果を得られたのは初めてだったんです。初めてにしては巨大すぎる成果をもらったので、このチャンスは今、生かさないとどうにもならない。環境を整えて1年後に出てきたとしても全部終わってしまう!ということで、急いでコッチに出てきたんです。

そもそも会社が副業禁止だったんで、決勝に行った時点で「もう無理やろ」って話をお互いにしていたんですよ。落語をやっていることは入社面接の時点で話していたけれど、コントに関しては特に話していなくて。銀杏亭魚折の高座名でXもやっていたし、そこに、どくさいスイッチ企画の芸名も並べていたんで、もちろん会社の中でも知ってる人は知っていたんです。ただ、今までは趣味として仕事とは住み分けてやっていたのが、あの決勝進出で完全にバレて、今後お笑いで金銭が発生するとなると難しくなるなと。

となると、退職せざるを得ない。でも、決勝まで行ったことで、きっといろんな事務所さんから引きもありましたよね。

いや、引きはなかったですね。今も1本もない。

ええ!? それって何故なんでしょう?

まず、大阪にいたからだと思います。大阪にいると吉本興業さんしかないし、でも、吉本さんは今、芸人が大勢いるので、誰かに声をかける必要もないんですよね。僕が22歳で顔が良ければ話が違ったかもしれないですけど、36歳で顔が良くないので引きがなかった。東京の事務所からもなかったので、関東に出てきて探してるっていう感じです。今は東京のお笑いライブにも出ているので、よかったら……みたいな。

では、別にフリーランスをずっと続けていくわけでもない……?

そうですね。すみません、フリーナンスの取材なのに(苦笑)。

いえいえ、大丈夫です(笑)。

フリーランスだと自分でいかようにもできるし、面白い仕事を振ってもらえたりもするので、そこは有難いところだなとは思いつつ、やっぱり全部自分で連絡を返したり、段取りつけたりするのは大変ですからね。今の仕事量なら回せるんですけど、もう少し増えたら難しいんじゃないだろうか?っていう不安もあるので、事務所に所属するのもありなのかなと。そのへんは来年以降、業務量を見ながら考えるつもりです。

会社を辞めて、毎日楽しくても

面白い仕事って、例えばどんなものがありました?

おらが村のツチノコ騒動記』っていうツチノコ映画のイベントに、この前行ってきました。映画見て、監督とトークして、ツチノコのネタやって、ツチノコの着ぐるみと写真撮って。「ツチノコのネタをやってる人がいるなんて!」ということでオファーがあったので、何が仕事に繋がるか本当にわかんないなって思いました。

noteでもいろんなお仕事を募集されていますよね。コントに落語だけでなく、台本・脚本の作成まで挙げられていましたが、さまざまな媒体を拝見していると、確かに文章を書くことがお得意のようには感じました。

書くのが好きではありますね。noteとかは、完全に頭の中を整理するために書いているんですよ。僕、1年後にラップを2曲披露するっていう仕事が来たんですけど、それも1回文章にしないと理解ができなかったんで、noteに書いて。そういったものを見て、体験記とかの依頼が頂けるのもありがたいです。

しかも、仕事募集の最後にあった項目が“事務作業”で。いわゆるサラリーマン的なお仕事を辞めるわけではないんだ!と、ちょっと驚いたんですよ。

ホントにやりますよ。会社では、ずっと経理と内部統制の仕事やっていたんで、振っていただければ何でもやります。

絶対にお笑い1本で行こうとは考えていなくて、要はトータルで食えるようになるのが今の目標なんです。これまで単なる趣味だったお笑いを収益のメインにしたときに、他にも何本か収益の軸を立てて、そのトータルで嫁を食わせられるくらいの収入が得られたら一番いいなと。

さっきおっしゃっていたように、プロのお笑い芸人にはネタの面白さだけでなく“人として”の面白さも必要になる。ただ、ご自分にはそれが足りないから、そこを補うものとしてお笑いのほかに収益の軸を持ちたいということですね。

まさに今、言語化していただいた通りです! もし事務所に入れたとしても、自分のお笑いだけではお給料が足らない可能性もあるから事務作業の仕事は続けたいし、それができる事務所に入りたいなと。会社員になるなら副業としてお笑いができる会社、お笑いの事務所に入るなら会社員でも入れる事務所が理想ですね。吉本さんでも今は会社員しながら所属している人も結構いるみたいですし、他の事務所さんだと珍しくなかったりするらしいんで、なんとか上手いことツテを辿っていきたい。

だから今は変に固めすぎずに、とにかく「こういうことができます」「こういうことやってみたいです」と自分から発信して、振ってもらった仕事をやりながら、どういったことが自分に向いているのかを見極めて。なんとかパラレルキャリアでやっていけないかと模索しているところです。

実際、オファーは順調に入っていますか?

ここまで無謀な動き方をしている人間ってあんまりいないので、インタビューの依頼は多いです。ほかにはR-1の顛末をライター的な感じで書いたり、あとは基本ライブですね。関東は芸人さんの数も多いぶん、フリーランスでも受け入れてくれるライブの数も多いですし、7月から知り合いの会社の経理を手伝う仕事も入ってます。

……と、ご自身がやりたかったことを着々と実現させつつあって、充実した毎日を送ってはいるけれど、それでも拭い去れない“先の見えない不安”が、音楽の趣味を再び暴力的なほうに向かわせているということですね。

ホントに先が見えないですね。おかげで懐かしいヴィジュアル系に回顧していて、今日もMUCCの「我、在ルベキ場所」を聞きながら来ました。

いや、それはだいぶキテますね……!

(取材場所である)ここに来てからも、久しぶりに会社員の方たちをたくさん見て動悸が止まんなかったです。たぶん同世代だろう人たちと一緒にエレベーターに乗っていると、この人たちと比べて自分の生き方ってどうなんだ?って考えてしまうんです。22歳から14年くらい会社員を続けてきたぶん、そこから完全に外れてしまった不安で、一時期は本当に眠れなかったですね。やりたいことをやるために会社を辞めて、毎日楽しくても、それでも眠れなかったです。

わかります。私も好きでフリーランスやってますが、それでも出世した同級生と会うと「自分は何をやっているんだろう?」って落ち込みますから。

そうなんですよ! だからって、お笑いをやらずに会社員を続けていればよかったというわけではないから、この決断を今後の行動で正解にしていくしかないんですよね。別にお金じゃなくてもいいから「これだけのことが成し遂げられた」と言えるようにならないと、自分の中でつじつまが合わなくなってしまう。そのために今できるのは、目の前にあるものを着実にこなすことだけなんですけど、その果てに何があるのか、どうやってステップを上がればいいのかわからないんですよね。

例えば会社員だったら、このプロジェクトが成功して、役職が上がって……とかっていう、なんとなくのレールがあるじゃないですか。でも、お笑い芸人はライブでメッチャ受けてるのに売れてない人っていっぱいいるし、今、テレビに出ている人も5年後にはいなかったりする。じゃあ、売れるって何なのよ?っていう話になるし、最終的にどこに落ち着くのがいいのか?っていうモデルケースが僕の場合は全然ないので、今から学んでいって。とにかく生計を立てられるようになるのが第一目標です。今はまだギリギリなので、もうちょっと余裕が持てるように……自分である程度仕事が選べるくらいにはなりたい。

同じように、安定した収入と自分のやりたい仕事の狭間で揺れている人って、世の中には大勢いると思うんです。なので、今そういった方々にご自身の経験から得たアドバイスを何か頂ければ。

僕、人に相談したら会社を辞められなくなる気がしたので、最終的に自分の意志で決めたんですよ。親にも事後報告になって、一応理解は示してくれたんですが、そこで父に「引き際だけは間違えるな」って言われたんです。今、新しく始めるのは全然構わないけれど「これアカン」ってなったら、すぐに元の道に戻れって。その言葉は胸に刻んで今、やっているので、新しい道に進むのであれば、スタートだけじゃなく終わり方も考えておいた方がいいかもしれない。

もちろん若い人には「どんどん行きなさい!」って言いますよ。上手く行かなかったとしても、そこからやり直しが利きますから。ただ、ある程度歳を取ってから始める場合は、手放しで「いつでもやり直せるぜ!」とは言えないです。代わりに、それまでのキャリアが若い人よりもあるはずなので、そこに戻る可能性も考えておくべきなんじゃないかなって。だから踏み出すのであれば、よくよく考えてからにした方がいいだろうし、考えても結論が出ない場合は1回やってみるのもありでしょうけど、その責任は当然自分で取るべきですよね……って、今、自分で言ってて改めてゾッとしました(笑)。


撮影/中野賢太@_kentanakano