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日記の余韻から生まれる、強くて優しい言葉たち。エッセイスト・中前結花『日々のお星さま。』インタビュー

過去の自分からのメッセージが、読者の記憶と響き合う

中前結花

ラブレターだからこそ、読み手にとっても大切な人を思い出すきっかけになるんですね。中前さんは「強くて優しい文章を書くこと」を目標に掲げていらっしゃいます。本書の収録作のなかで、その理想に近づけたと感じるエッセイはありますか?

私にとっての「強くて優しい文章」とは、読んでくださった方に心強く思ってもらえるもの、寄り添えるもの、です。この本であれば「青いワンピースひらり」や「胃カメラのワープ」でしょうか。同じ経験をしていなくとも、自分のこと、過去のこと、大事な人のことを思い返す経験をしていただくことを意識したんです。私に起こった出来事を書いているんですが、読者の方が自分のことのように受け止めるための広がりを持たせるように心がけました。

私は「春は木蓮」に心を打たれました。年齢を重ねるなかで、しまい込んだ記憶をまた見つけたり、いつか誰かの思い出になったりするようなことが起こると、このごろは実感しています。そういった実感の芯にある記憶や時間を、さまざまな世代の視点からまるで宝物のように多角的に表現されていました。

「春は木蓮」は、まさに30代の私、早くも四十肩を経験して「身体にガタがきた」人間の文章です。この本は5歳の私、10代、20代、30代……といろんな私の視点を織り交ぜています。2024年から2026年春までの日記を基に書いているのに、いろんな年代の私をお見せすることで、読んだ人に「いろんな年代の自分」を思い出してもらおうと。

私は33~34歳頃に絶望していたんです。35歳になることがすごく怖くて、嫌だった。けれども、いざなってみたら意外とへっちゃらだし、楽しい(笑)。だから、そういう言葉を私にかけてくださった先輩たちのように、私も若い人に“全然大丈夫だよ”って言ってあげたいんです。

「残したい欲」が育む、多種多様なノートと新たな表現への挑戦

中前結花

言葉に励まされたご経験が、今につながっているのですね。ところで、日記からきらめきを拾ってエッセイにする手法は、これまでにも用いてこられたのでしょうか?

子どものころからずーっと日記を書いて生きてきたのに、“さて、エッセイを書こう。何かネタないかな”って日記を見たことが実はないんです。あくまでも自分のために、自分が嬉しくなるために日記を書いていたので、まさかエッセイにつながるとは思っていませんでした。

実際、エッセイのための「ネタ帳」があるので、どちらかといえばそっちを頼りにしていました。実は10冊ぐらいのノートを同時並行で書いています。私、変態なんです(笑)。日記があり、ネタ帳があり、読書手帳があり、書店巡り帳があり、夢を実現するための手帳があります。さらに、『日々のお星さま。』の手帳、『ドロップぽろぽろ』の手帳……と出版した本ごとに手帳を作っている、ちょっと気持ち悪い人間なんです。

だから、これまで本当に日記を特別扱いしたことはなかったですし、あまりにも当たり前の習慣すぎて、「2024年以降に起こった出来事しか書けない」という今回のルールには少し不安があったんです。でも、いざ書き始めてみると、やっぱり過去の私や今の私など、いろんな世代の自分が次々と口を挟んできて。手法や始め方はいつもと違ったけれど、結果的には全部の私が顔を出す、すっごく私らしい本になりました。

出版した本ごとの手帳まであるんですね……! キモいどころか、作品への愛情の深さを感じます。そして、書くことが本当にお好きなんですね。

とにかく何か書きたいんですよね。書くことが大好きです。思い出って美しいし、懐かしいし、なんだか素敵に思える。時が経ったからこそ、自分のなかで解釈が変わったり、新しい感情が芽生えたりします。現在の視点から過去を見直して、「こういう意味があったのか」と気づく。この本は、まさにそうした気づきの集まりだと思っています。

でも、今回の手法にチャレンジしたことで、まだ味わいになっていない、直近に起こったことを書くことの難しさもわかりました。今後も日記から題材を探していくかというと、それはわかりませんが……。

直近のエピソードを題材にした「こんにちは、世界」は、これまでの私とはちょっと違う表現ができました。短くすぐに出すことに意味があったと思いますし、それだけパワフルな出来事でした。こうした見せ方や手法にも、商業デビュー2年目の挑戦として取り組みたいと考えています。

読者を想う、フリーランスとしての新しい生き方

中前結花

「こんにちは、世界」は、本当にまぶしい1篇でした。新たな挑戦が中前さんの言葉にどんな変化をもたらすのか、今からわくわくします。感覚的なことかもしれませんが、日々のきらめきを見つけるコツはありますか?

残したい欲が人よりもあるのかな。言葉に限らず何でも残しておきたい性分だから、嬉しかったことや、ささいなものを見つけやすいのだと思います。

私は、捨てられなくて、とにかく“残そう”と思うタイプの人間です。母がいたこと、父がいること、自分が生きていること、嬉しい出来事があったこと、こういう日々があったことなどを言葉にして残しているのかもしれません。

つい最近も台湾旅行に行って、帰ってきてすぐに台湾ノートを1冊作りました。そこには、台湾の景色の写真や、手に入れたパンフレット、ショップカード、レシート、紙袋なんかも貼っています(笑)。日常でも同じで、“あ、素敵!”とハッとしたらメモして、帰り道でもずっとその言葉を反芻しています。

そうなると、ノートが増えるのは必然ですね。ひとつの出来事を、複数のノートに切り口を変えて残されることもあると思います。日記はどんな位置付けですか?

日記はライフログなので、いつも140〜150字くらいに収めます。ただ、何も考えずに「日記を書いて、パンを食べて」なんて時系列に書いてしまう時もあるんですよ。日記を書いたことなんて、見ればわかるし、絶対に書かなくていいじゃないですか(笑)。“え、やば”と途中で気づいて、余白に“夜ご飯のほうが楽しかった”とメモすることもあります。やっぱり気を抜くと、ただのログになってしまうんです。

当たり前のことを無意識に書いた日であっても、中前さんならば深く掘り下げて、また違う愛おしさを見出しそうです。最後に、働き方についてお聞かせください。会社員とフリーランスとで、心構えに違いはありますか?

マインドとしては、まったく別の人生という感じです。会社員だった頃は、携わっている事業が大好きで、その事業のため、みんなのために必死でした。“課せられた数字は絶対に達成したい、だから終電まで頑張る!”という具合に働いていました。

今はというと、読んでくれる人のことしか考えていません。1人でも多くの人に手に取ってもらうにはどうしたらいいか、読んでもらった人にどんな心地になってほしいか、それだけをシンプルに考えています。

あとは、スケジュールですね。会社員時代は毎晩遅く、終電まで働いていましたが、専業の作家になってからは、20時以降は働かないようになりました。時間を自分で管理できている、時間が自分の手に収まっているという感覚があって、それを楽しんでいます。

中前結花

撮影/中野賢太(@_kentanakano)