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無理して頑張らなくていい社会で、自分だけの場所を大切に。絶対に終電を逃さない女『虚弱に生きる』インタビュー

無理して頑張らなくていい社会で、自分だけの場所を大切に。絶対に終電を逃さない女『虚弱に生きる』インタビュー

21歳で身体にガタがきて、26歳では膝が悪くなって歩行困難に。1995年生まれのエッセイスト・絶対に終電を逃さない女さんの最新作『虚弱に生きる』には、にわかには信じがたい虚弱エピソードの数々と、ジョギングに卓球、緻密なカロリー計算に基づいた完全自炊の食生活と、少しでも健康になろうと奮闘する涙ぐましい努力の様が描かれています。

「20代にして老人みたいな生活をしている」という彼女が語る虚弱であることの悪影響と悪循環、その根本にある「体力がないと時間がない」というメッセージと、いまだ旧態依然とした価値観に立脚している日本社会に対しては厳しく、そして、そこに生きる現代人にとっては優しい提言を伺いました。

profile
絶対に終電を逃さない女(ぜったいにしゅうでんをのがさないおんな)
物書き。エッセイ、小説、短歌などを執筆。エッセイ集『シティガール未満』(柏書房/2023年)、『虚弱に生きる』(扶桑社、2025年)、共著『つくって食べる日々の話』(Pヴァイン/2025年)。noteではエッセイ、日記、短歌、仕事の告知などを投稿。
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ペンネーム“絶対に終電を逃さない女”の由来

絶対に終電を逃さない女

やはり、どうしても気になるのが“絶対に終電を逃さない女”というペンネームなんですが、この名前の由来は何なんでしょう?

大学の頃によく遊んでた男の先輩が、毎回のように終電を逃していたんです。

で、私は普通に終電までには帰っていたので、この人が“絶対に終電を逃す男”なら、私は“絶対に終電を逃さない女”になろうと、Twitterのアカウント名を“絶対に終電を逃さない女”に変えて、現在に至ります。

終電近くまで遊んでいたということは、当時は、そこまで虚弱の症状が出ていたわけではなかったんですね。

そうですね。謎の発熱や眠気はよくあったんですけど、20歳までは最低限の大学生活は送れていたのと、当時は体力がないという自覚が薄くて自分の身体に向き合っていなかったので、あんまり気にしてなかったです。

ただ、もともと朝型なので、夜は普通に寝たいというのもあり、終電を逃すようなことは滅多になかったんですよ。なので、気の合う人とか居心地のいいサークルとかを探していくと、あんまり夜まで遊ばない人が周りに多くなって。毎回終電を逃すその先輩は、かなり珍しい部類の人でした。

だから“絶対に終電を逃す男”として印象に残ったんでしょうね。ちなみに、当時の自分に今、言葉をかけるとしたら、何て言いたいですか?

「もうちょっと寝たほうがいいよ」とか「生活をちゃんとしたほうがいい」とか。一番は「身体が強くないっていう自覚を持ったほうがいい」ですかね。

当時、ひとり暮らしをしながらフル単で授業を取ったり、バイトもしてサークルに参加してっていう、普通の大学生みたいな生活をしていたんです。それが私にはキャパオーバーだってことに気づいて、生活を改めることができていたら、あそこまで体調を崩さずに済んだかもしれないなぁと。

やっと“可哀想な人”って思ってもらえるという安心感

絶対に終電を逃さない女『虚弱に生きる』

そもそも幼少期は、そんなに人並外れて虚弱というわけでもなかったんですよね。

そうですね。マラソンとか運動は苦手だったんですけど、日常生活は送れていたし、風邪もひきにくかったし。喘息とかアレルギーとかもなかったんで、身体が弱いという自覚はなかったです。

ただ、小5で転校して場面緘黙症(※)の症状が悪化してからは、喋れないことのフラストレーションがずっとあったんですよ。小6からは異様な眠気に襲われるようになったり、10代の頃からメンタルの調子が悪くて慢性的に抑うつ状態でした。

※ばめんかんもくしょう:家庭などでは普通に話すことができるのに、学校や職場といった特定の状況(場面)になると、声を出して話すことができなくなる疾患

でも、そういったフラストレーションや不調って外から見ても、あんまりわかんないじゃないですか。なので、21歳で不眠症状や蕁麻疹が出て明らかに体調がおかしくなってからは“これでやっとわかってもらえる”っていう安心感もありました。やっと“可哀想な人”って思ってもらえるんじゃないかと。

21歳でガタッと虚弱にシフトして以来、なんとか少しでも健康的な生活を送るために手探りで模索してきた過程が本書には書かれていて、その努力たるや凄まじいなと感心しました。ちなみに今日の取材は10時スタートでしたが、何時に起床して、どんな風に過ごされてましたか?

6時頃に起きて、まず朝食を食べました。先週アニサキスに感染して、ちょっとまだお腹が痛いから、ゆっくり食べて。7時半頃からジョギングを15分くらいして、洗濯をして、合間にエゴサ(エゴサーチ)とかしながら、そのあとは普通に準備をしてきました。

顔洗って化粧してヘアオイルつけて服着て……っていう、その全部の行動に時間がかかっちゃうんですよ。子どもの頃からそうで、何をやっても人の2倍くらい時間がかかるんですね。

これは体力だけの問題ではないのかもしれないですけど、今はいろいろ気をつけて余裕を持って準備できるようになったので、昔よりは遅刻しなくなりました。ちゃんと前日に準備するということが、ここ1、2年でできるようになったんです。

つまり、それまではできていなかった?

そういうことが苦手なんだと思ってたんですけど、それも結局は体力の問題だったような気がします。ちゃんと生活に余裕を残しておけば、できるようになったんで。だから、体調が悪いだけなら、そこまで辛くないんです。体調が悪いことによって、時間がなくなるのが一番つらい。

体力がないから休むことや体調管理などに人より時間がかかって、使える時間が減ってしまうから、できることも減ってしまい、周りには怠惰であるように映ってしまう。本書でも「体力がないことは時間がないこと」と何度も書かれていて、これが最も伝えたいメッセージなのかなと感じました。

そうですね。それが一番の問題で、10代の頃から長らく“自分は怠惰なんじゃないか”と思い込み、自己嫌悪に陥って、どんどん精神的に参ってしまうという悪循環にハマっていた気はします。自分が虚弱だと思えるようになった今は“自分は怠惰じゃない”と言い切れますけど。

しんどいなら「しんどい」って言っていい

絶対に終電を逃さない女

だから、最初に書かれた“虚弱エッセイ”がバズったんじゃないかと思うんです。同じような悩みを抱えている人たちが大勢いて、共感と「私だけではないんだ」という安心感を得られたのではないかと。

それは大きいかもしれないですね。ただ本書を出してから「自分は虚弱で体力がないほうだと思っていたけど、終電さんと比べたらこの程度で虚弱だと言うのは申し訳ない」みたいな声も結構あって。だから「自分は怠惰なんじゃないか?」という思いを、逆に強めてしまった人たちもいるという問題が、今、生まれているんです。

なるほど……! 確かに本書に書かれている虚弱エピソードは想像を絶しますから。

ただ、私は虚弱とか体力の問題に限らず、自分が「しんどい」と感じたら、その度合いを他人と比べたりしないで、堂々と「しんどい」と言っていいと思っているんです。

それに、私ほど虚弱だったり体力がなかったりしなくても、今の社会で生きることって普通にしんどいじゃないですか。社会で求められている“普通”の水準に対して自分の体力が足りていないと感じるんだったら、それは別に甘えでも怠惰でもないので、“虚弱”かどうかはさておき遠慮なく「しんどい」って言ってほしいですね。

それは本書にも書かれていましたよね。少しでも楽になるために、さまざまな健康法を試してきたエピソードがここには記されているけれど、それによって「自分も頑張らなきゃ」とプレッシャーは感じてほしくないと。

そうですね。だから、私のやり方が正解だなんて言うつもりはまったくないし、「頑張らなきゃ」とか「努力しなきゃ」っていうふうには考えてほしくない。本来は社会のほうが私に合わせるべきだと思っているし、努力なんて嫌いだし苦手なんですよ。

でも、社会って簡単に変わってくれないから、仕方なく頑張っているというだけなので、みんなが社会のほうに合わせていたら意味がない。むしろ、みんなで頑張らないようにしたいんです。

ただ、SNSとかで反応を見ると「これを読んで頑張ろうと思った」という人も結構いて。もちろん個人の選択として、前向きに頑張るのはいいことかもしれないですけど、プレッシャーは感じてほしくないし、やっぱり、無理して頑張らなくていい社会になってほしいんですよ。

「頑張って」とか「頑張ろう」って、ポジティブに聞こえますけど、実は呪いの言葉ですもんね。頑張れる範囲や量、モチベーションも人によってそれぞれのはずなのに、なんとなく“あの人ができているんだから私も頑張れるはずだ”みたいな強制力を持ちやすい。

だから、私的には「よい子は真似しないでね」っていう気持ちなんです。だって自炊とか運動とか、別に私は好きでも何でもないんですよ。それをずっとやるのってすごくしんどくて、その割にリターンはほとんどなくて。

結局ずっと報われない努力をしている状態だから、私の真似をすると、メンタルに異常を来す人も少なくないんじゃないかと思う。

終電さん自身、報われないことでメンタルにダメージを負ったりはしませんか?

大丈夫です。やっぱり栄養を摂って運動することによって、メンタルの状態も良くなっている実感はあるんですよ。

だから健康ルーティンをやること自体はつらいけれど、そのベースになるメンタルの状態が安定するようになったので、総合的にはやったほうがいいなと。なので、私の心はまだ折れてないですけど、普通は折れるんじゃないんですか。